2009年12月31日木曜日

大味噌か…あれ?

大晦日です。XPよしっかり変換してくれ。




今年はいくらかの継続と、
新たな出会いと、またそこから多くの理解者を得られた。
それに対して失ったものがいくらあったかはわからないが、比較的少なかったように思う。

小学校の友人たちと二回ほど合流した。
それぞれに身の回りに変化がおき、目標をみつけ、あるいは懸命に探そうとしていた。

今年はいくつかのことに初挑戦した。
いきつけのバーらしきができた。
そして多くのテキストをのこした。

描いた未来は幾分か変化し、より深く賢明に建築と共に歩く道を模索した。

これからも、自分が変化し続けるその「場」を手に入れた。

そして建築ではない、人や、社会や、時代の動きらしきに興味を持つようになった。



さて、新年は新たな目標を定めるのに最適なときであるから、さてどうしようかといま思案している。

年賀状だした?

今日は仕事おさめ。
1年間ありがとうございました。

朝年賀状を出して事務所へ。
今年は年賀状のデザインまでできなかった…。

帰りに夕飯がてら高田馬場でカレー。

帰宅後グラントリノ鑑賞、製図作業。

今度のアカデミー作品賞はなにかねぇ。

2009年12月30日水曜日

もやしもんみた。

最近ヒットがねぇなぁ。

感受性がおちてるんだろうか。

2009年12月29日火曜日

高校生の若々しさを吸った。

昼は塾でしりあった建築学科志望の高校生と食事。
こんな時期が僕にもあったなぁと思いながらも
僕には無いアイデンティティの形にすこしうらやましかったりする。

夜は神楽坂にて友人と食事。
長く建築に触れ続け、コンペも取り、それでもなお不確定な自分があって、
そこを進み続けている姿が印象に残る、前進の人。
僕がこだわってしまうような物質的な領域を「まだそこ考えてるの?古いね!」とばさっと切り捨てるように、普通とは違う目線、距離で建築を考えているように感じた。
またその距離が本人にあっているんだ、これが。

2009年12月27日日曜日

今日のできごと

BAさんが日記をかくそう。
とはいえ続くかはわからないのだろうけど、それはいいこと。
僕も久々にかこうかと。

今日は起床後、食事、プリンター修理結果のチェック。

爆笑問題の書籍が届く。
読み始めてみようと思う。


部屋を清掃、模様替え。

部屋が手狭になってきた感がある。

2009年12月12日土曜日

名曲


こりゃすげぇ



明日の☆show
福山雅治

明日は☆doyou
TIP

2009年11月8日日曜日

ひさびさに。


久しぶりにこんなに早く自宅に帰った(20時)

本当はゆっくりと考えるべきことを考えたいんだけど、課題があるのでそうもいかない。

最近家庭教師をやらせてもらっている。
週に1回、2月の受験にむけてなので、いかに目的の学校に合格するかのシュミレーションがなかなかむずかしい。

課題がおわったらすこし遠出をしてみたい。
紅葉はまだあるだろうか。

2009年11月3日火曜日

メタポリリズム


「明日は休みにしようよ」
との現bossの進言であしたは突如休日に。

まぁ仕事きりいいしいっか。

今日は久しぶりにH君と話した。
趣味だった写真も、映画のバイトをはじめてみたり、
ゆっくりと物を考える状況にあるようでいいなぁと感じた。

いそいそと金にもならない締め切りにおわれながら、
授業の日でもないのに「水曜でないと単位こないよ」などとワケのわからない忠告をうけたり、
なんだかね、意味ネェな、こっちは。
考える環境じゃないな。

とはいえ文句言っても老人は聞く耳もたないのでくりくりと図面を書き進めます。

2009年10月31日土曜日

新橋パラグラフ


授業エスキス後、以前お世話になっていた事務所の食事に誘われていく。

あらたにここしばらくオープンデスクがこられていたらしく、その打ち上げとのこと。
企画立ち上げをニマニマと共謀しているAとbossも含め食事に。

相変わらず皆さん面白いです。
やっぱり楽しい人にかこまれて仕事しなきゃね。

帰宅後すぐに就寝。
明日は午後から事務所、その後塾。

2009年10月25日日曜日

準備2 統合家


構造家・池田昌弘は僕が建築を始めるきっかけのひとつであり、
そしてその後僕が意匠ではなく構造に軸足を置いて動くようなその選択をするきっかけ、
また今の僕のアカデミックなやり方とはあるところかけ離れた思考をしていくきっかけであるとも言える。

彼は2000年ごろから自身を「意匠と構造の接続となるような仕事の人間=統合家」と名乗って活動をしていく。
現在の若手構造家のメディアへの露出、仙台メディアテーク、多くの吉岡賞など、この10年程の日本の建築やメディアの元をたどると非常に高い頻度で彼が登場する。

彼は非常に優秀で、また奇抜で、あるところ異端だった。
知る人によれば「あるときから師匠(佐々木)の影がふっと彼の中から消えた」とか
「彼は日本でセシルをやろうとした」など、さまざまな話が聞ける。

それまで一般に構造家がどのような人間として捉えられていたのかはとりあえずおいておくとして、
彼の活動を眺めているとひとつの仮説にいきあたった。


彼は意匠と構造の中間に立つ人間を育て、また自身もなろうとした。ゆえに彼の事務所の出身者の多くは意匠系出身である。
また彼は不動産を扱うことで自身の建築を自身でセールスしようとした。
彼は今年に入ってから施工会社と構造事務所の提携したような組織(詳しい内状はわからないが)を創り、
そしてこれからmisaという会社名で「空間優先の構造家を育成する」というフレーズと共に、学校としての形態を持ちながら同時に構造設計事務所であるような組織を立ち上げるところだ。


彼の活動を僕は「目に見える職能の拡張」をしようとしているのではないかと仮説を立てた。
施工も、育成も、統合も、彼は自身をあくまでも「構造家」という機軸はまもりながら他との連携を強めようとしているのではないか。
つまりは彼自身は構造家の思考を保持しながら、業務形態としての形を変えていこうとしている。


それに対してあえて今の自分の傾向を定義すれば(もちろん会社をおこしてなどいないけれど)、
「目に見えない職能脳の拡張」をしようとしていると考えられる。

それは「思考そのものが職能の領域から拡張されること」をさし、
例えば建築設計者が経済学者の考えをとりこみ、構造設計では人文学をとりこむような、
本来作業によってある程度固定化される考え方を、思考法そのものから他分野に拡張するによって
着眼や収束点をずらせないかと考えている。

池田昌弘にとっての「統合」が彼の言うとおり「意匠や構造の(業務としての)統合(連携)を強める」ことをさすのであれば、僕にとっての「統合」は「思考方法を分野ごとではなく統合(同時的に、同価値的に)して考えていくこと」であるといえる。


分野、作業としては軸を持ちながら、しかしこの「多視点」とも言える、一見ぶれながらどこかで接続して進行していくような思考の仕方は、おそらくは早くから通常では味わえないような濃い状況(あの事務所)に身をおけたこと、そしてそれからの生活のなかでまざまざと設計という仕事の「多角さ、あるところの不純さ」に衝撃を覚えたためであったからだと感じている。
僕が普段使う、「コンセプトは建たない」はここに立脚している。そしてこの体験からくるのが、前に書いた「総体としての設計」であり、今の設計の方法にあたる。

最初は今のように思考をぶらす(上で言う「拡張」)ことに抵抗を感じていたが、慣れてくるうちにそのぶれ幅のなかで軽やかに、さまざまな評価を与えることができるようになったと今は思う。

そして10代最後の夏に池田さんと刺激的なお茶をしたのはいい思い出として残っている。

準備1.1 多様


多く使われている言葉として上がったので、これについてだけ特記しておく。

***

「多様である」ことを表明することで、あらゆる可能性を網羅して思考されたものであるかのように見えることに僕は警戒している。

多様であることは「多質」と「多種類」の二つの意味を持つと考えている。
多質であるとは非常にいいものから非常に悪いものまで含むことで、
多種類であるとは言葉通りさまざまな異種のものを含むことである。

僕たち設計者は(といっても僕はまだその責任を持てないけれども)、多種類であることは保障しても、多質であることを保証してはいけないのではないか。

言い換えれば誰かしらの使用者、あるいはそこに関係者が発生する分野である以上、「多種類ではあっても良質でなくてはならない」と考えている。


また、前に僕は建物の設計を「さまざまな作業の総体である」と書いたが、多様であるとの表現は本当に多様なのだろうかと疑問を覚えざるを得ない。
本来着実に練りこまれて提示されるべき良質さを放棄しているにもかかわらず、「多様である」と相手のイメージにゆだねてしまうことで、良質であるかのように受け取れてしまうことは、「良質な多様」ではなく、「設計の未収束」としての多様でしかないのではないかと思える。

ゆえに僕は無条件にいいものばかりを含むかのようなイメージを想起させる「多様」という言葉に警戒心を覚えてしまう。
そしてそのように無条件にいいイメージを抱かせないために、この言葉を使わないことにしている。

準備1 言葉



近々今課題で行っていることでの思考をまとめるので、
その前に僕の前提としている諸条件を文章化してまとめておく。

***

言葉はあやしい。

以前にも書いたけれども、話すときに使う言葉、特に伝えたいことがらを
表現するための言葉はしっかりと選んで発したい。

建築には多くの「特殊な言い回し」があるけれども、それらのうち、
流行によって生み出されてきた非日常用語には特に注意をはらっている。

それは「ゆるやか」であったり「多様」であったり「都市」であったり「コンセプト」であったり、そもそも「空間」や「建築」であったりする。
僕は以上の言葉を使わない説明を心がける。


僕は僕が考えた以上のことを考えていない。
当たり前の話だけれど、裏返せば「考えた以上のことを想起させる」ことを望まない。

もちろん実際に作ったものでそれが起こることを否定はしないけれど、
それでも自分がそこまで考えたかのように振る舞いはしない。
それは自分の成果ではなく、建築自体が持つ能力だと考えるから。


ざっくりと言ってしまえば、以上の言葉を言うことで、さも「いいもの作ったんです」風な解釈をされることを拒んでいる。いい例が「~な空間」といえば、建築の、特にアカデミックなところではそれがさも練りこまれたすばらしいものであるかのような聞こえになってしまうけれど、それは僕がつくりあげたイメージではなく、各人が接したメディアや経験に基づいた、その中での印象である。それは多くの人々の総体での成果であって、僕が発明したものじゃない。

また逆に、自分にとっても、何かをイメージさせる言葉で物事を考えてしまうことで、思考がそこに固定されてしまうことを避けたい。文字は考えを集約させていくのに最適だけれど、ときに自分の考えも拘束してしまうすごくも怖いツールだと考えている。


設計はあるところ「当たり前」の積み重ねでできると考えている。
敷地への立ち方も、開口のとり方も、動線のとり方も、細部の収め方も、計画の初段階におかれている(と考えられている)着眼や発見と同じ重要度でそれ以降がある。
そしてそれ以降の重要さを僕は多くの設計に触れたことで知れたから、その一部を特化して説明することに違和感を覚え、それをしない。説明をはじめたら分野やアプローチを飛びながら、とまらなくなる。

ゆえにどこも特化していなく、軸が無いように見える。あるいは細やかな説明によってひとのイメージを跳躍させないところに持ち込んでしまっている。それは気がついていること。

トラックボールマウス使用感


いいよ、なかなか。
操作が少し早くなった気がします。

作業して、タスクバーいって、ツールバーいってみたいな移動が断然早い。
最初は特にドラッグやドロップがやりづらかったけどいまはだいぶなれました。

僕が購入したものはなかなか安いので皆さんもよければお試しを。

2009年10月14日水曜日

クリクリクリクリクリクリ




トラックボールマウスを買った。
昨日からくりくりしている。

トラックボールマウスとはマウスの下に本来あるボールが
上にあって、指でボールを操作するタイプのマウスです。

これはなかなかいいかもしれない。
なによりこの斬新さが作業を楽しくさせる。

使用感はのちほど。

あしたは構造シンポジウムに。

2009年9月26日土曜日

そういえば今週のオリコンは7位以下が1万枚切ってるらしい。


起床後昨日もどってきたデスクトップのセッティング作業。
デフォルト状態でのxpの軽さに驚く。

15:00より設計製図2講評会観にいく。
相変わらずおちついてみていられない。
見て聞いていたほうが断然良いのはわかってはいるんだけれども
立ち上がりたい衝動にかられ徘徊する。

ほら、るろうに剣心の弥彦はずっと剣心の戦いを間近で見ていることで
シシオ編で龍追閃打てるようになったじゃない。


徘徊中色々な方に会う。
Sさんはスペインからもどられ、就職もきまったそう。
事務のKさんは寿退社で早稲田をやめられるそう。
構造のSさんはY設計に入社がきまったとか。
Mさんとは今年度前半のアニメ・映画講評、きれいになりました。
KSさんがアトリウムを通りかかる。3年前よりどんどんきれいになっています。
と構造Yさんに言うとすこし顔をしかめられていた。
KAさんは相変わらず課題に追われているよう、でもいつでも元気なのがすごい。
などなどほか多数。

相変わらずこの学校は人多いなぁと実感して帰宅。

2009年9月22日火曜日

3bかぁ、うへへへ。



日曜に友人と会食、映画。
そのなかで、後期設計製図3bの課題が前回と同じく「製図室のある学生寮」なのだという。

この3bという課題、僕はとっていないけれども毎年非常に疑問であることがある。

できあがるどれもが、どうも現代建築になっていない。
まぁ現代建築ってなんだねって話にもなるが、
もっとかみくだけば、なぜかことごとくホテルルートインみたいなデザインになっている。

なんでだ…。
教授陣の趣味か…?


考えるにあの要件を見た限り、
壁式鉄筋コンクリートが妥当かしら。
階数が6以上であればあるいは耐震壁つきになるにしろ。

開口部をとることが有効な方向にある程度制限がかかってしまうことを考えると、
そちらに耐震要素を集中させてしかし偏心させない程度にフリーの方には
スレンダーな壁柱を挿入して、
それで最低限の耐震要素は確保できるからあとは安全率をあげるためにさらに要素を足していくか、
そうでなければスパンのとぶところは無垢鉄骨柱をいれるか。
鉄骨鉄筋コンクリート耐震壁・柱をどん、とたてて、そこから2階以上を吊ってもおもしろいなぁ。
そうすると製図室をほぼ無柱でつくれそうだしなぁ。うへへへ…。

たしかに例年のように普通のRCラーメンでもとけるんだけど、どうだろう、
柱型だしてラーメン組むとどうも室内が使いづらくなる実感がある、自分の部屋が今そうだけど。

今月の新建築・GAに載った木材会館みたいな壁柱空間もいいなぁ。

などとやらないこちら側のほうが想像がふくらみます。

2009年9月18日金曜日

基礎構造力学はおさえてほしい。


事務所で作業。
鉄骨造住宅の軸組図をかきあげ、それからRC造軸組図修正。

鉄骨のほうはグラフィックデザイナーから転職して建築家になられた方のもの。
ただやはりそっち出なゆえなのか、意匠図面に描きいれてくる構造がめちゃくちゃ。
うぉい、壁一枚に柱一本って…。

ほぼ占有できるパソコンを授けられたのでvector12いれて作業してる今日この頃、
自分はもともとautoCADユーザーなのでショートカットを全てautoCADのものに設計して使っています。
ところがなんのエラーなのか、「workspacesを設計中にエラーが発生」みたいなのがでて
設計変更を受け付けてくれない。
これは困った。

インターネットにも情報はほぼないので解決法がみえなかったが、
おそらくはvwとquicktimeの間の互換の問題のよう。

はやいとこなおさねばならない。

2009年9月17日木曜日

せみがきえた


夏が気がつけば終わっていたのか、すずしくなってきた。

近所の和菓子屋さんからは、カキ氷の暖簾がきえた。

サンクスで秋生を買ってひとり一杯。

すずしいから今夜も扇風機なしでここちよく眠れそうだ。

あとすこしで一年が終わる。

今年はなにを得たかしら。

2009年9月12日土曜日

日記。



現在化物語というアニメが毎週木曜日に放映されている。

展開の非常におもしろい、というかいままでになかった劇場をみるようなアニメだと思う。

また背景のグラフィックが絵として参考になる。

**

昼から明治と北大の建築学生と食事。
学外での構造系、同学年でしかもアトリエを考える初めての友人だった。
とはいえ彼らもまたまだこれからどう進んでいくのか迷っているところで、
そんな彼らの悩んでいるような、組織とアトリエの、それぞれのメリットデメリットに
揺れ動く姿が、自分にはなく新鮮であったりする。

「生き急ぐ姿」というのがどうも僕をさすようで、
それに対し普通に過ごすことがそうして段階的に、決断のときが近づくとともに、悩んでいくことなのだと
知らされる。

**

あるグループを立ち上げたい。
構造ではなかなか存在しなかった、より行動的で、建設的な集団。
詳細はそのうち。

2009年8月30日日曜日

水面下で戦いがはじまっているらしい。


ちょこっと用事で学校に行くと、遠藤君に
後期設計課題のグループがけっこう組まれているのだと知らされる。

みんなくめてよかったですね。

というのは裏返せば当然僕は組めていないわけで、やばいぞと忠告を受ける。

まぁなんとかなんだろうとあまり真に受けてない。
でもぎりぎりでせかされるのも手間なんでよければ誘ってやってください。

最高に美しい図面、CG、あなたの希望をかなえるデジタルテクニックとそして建築として構築するアイディアの提供をお約束いたします。

課題をやるなら誰か別の人に。
あなたの建築をつくるためには私を。

2009年8月19日水曜日

デスクトップまだかな~。


デスクトップいまだ修理中・・・。

夏は式根島にいくことにしました。
久々(中1以来)素もぐりしてきます。

もともと水泳部出身の水泳暦15年ほどあるので泳げるのですが…。
海なんか出て体力もつかしら。

自然対流で本土に戻ってきたりしないように気をつけます。

あしたから事務所に北海道の3年生がくるそうです。
同年齢で初の北海道人、初のアトリエ志望(人)、負けないようにがんばります。
でもたぶん負けません。
そういう自負心は強い男ですから。

ちなみにパソコンの修理も北海道にだいしています。

2009年8月12日水曜日

クラッスしたっす。


先ほどからデスクトップが起動しなくなりました。
ハードディスクがクラッシュしたものと思われます、機動力半減です。

早速修理にだします。

でもそんなにあせってない。

僕の自宅での作業にはお金は発生していないし、それに、

パンがなければマドレーヌを食べればいいじゃない、的な。

事務所いってきます。

2009年8月8日土曜日

夏開始



久々の投稿。

課題の提出も終わり、本当に夏休みになった。

とはいえ仕事で埋まりつくしているのですが。

昨日は事務所へ。
新しくオープンデスクの子が入ったとのことでいた。

このオープンデスクというもの、なかなかどうして続く人がいない。
仕事を本当に理解してすすめていくためにはコンスタントに通い続けなくちゃいけないと僕は思うんだけど…意匠事務所などでは一回しか来ない子もいたり。
インテリアを見て帰る、みたいな。

オープンデスク、長く通えば信用も得られ、仕事を任せてもらえたりお給料発生したりでなかなかいいものです。

2009年7月25日土曜日

脱N。



脱N。

Nはまずnormalを表す。
普通、平均、標準からの脱却。
normal以外のポストnormalの発見。

Nは次にnotを表す。
normalのnotで止まらず(つまりは現状の否定)、notの先に新たな可能性を持ちかけること。
単純な否定or肯定からの脱却。

Nはそして「ん」である。
「だつん」ちょっとエロティックな響き。
と同時に、Nの音はある特定層の心を鷲づかみにする。(かつて音声学において、「ペ・ヨンジュンの名前は婦人の心を二回つかむ」と言われた。)
normal、notからさらに脱却することがすこしポップで誰もが選びやすくなる道であるように。
抗いにひそむ抵抗からの脱却。

2009年7月20日月曜日

梅雨あけたな。


そういえば、建築士の試験が今週の日曜のようです。
受ける皆さんにはがんばっていただくとして…。


さいきん「勉強」ってものが楽しくなってきた。
成績があがるとかそういうモチベーションはないんだけど、
なにか新しいことを覚えていくって過程が楽しい。
そのため今日数学のQ&Aコーナーという数学科がやっているところで質問をしてきました。

「(最近数学たのしくなってきてて的内容)この後なにやったらいいかな?」
「んー、解析学とか、複素関数とかじゃない?」

ちなみにここは皆さん解けない問題を質問しているところです。

「学校の図書館実際良い本ある?」
「んー、古くて読みづらいというか、ちょっと上から目線の本しかない分野もあるよね」

横の席では行列の質問をしているようです。

「ありがとうございました、ちょっとみてきてみます。7(19)時までがんばってください」

非常にためになりました。

2009年7月8日水曜日

大局と局所の間。



保育士採用試験:全盲女性、門前払い 受験資格満たしても--大阪市

ちょっと気になったこのニュース。

全盲で保育士資格を持っている女性は私立での仕事の経験もあるのだが公営保育所の受験を断られたというもの。
理由としては「試験は競争なので、働く条件が同じなのが前提。一部の人を特別扱いできず、点字受験の導入は考えていない」とのこと。

障害者だって普通の人と同じように過ごす権利がある!!

などと高らかにいえるほど僕は善者でもなく、もちろん権利はあるのだけれどじゃあ普通の人と同じようにできるかどうかといえば難しく、するためにはあらかじめ設備や道具の準備が必要になってくるという現実がある。

上の話も「バリアフリー=健常者と障害者の垣根がない」の状態であるとも言えてしまう。
もし点字受験を導入したらそれは受験の中身に垣根ができているといえるのではないかとのことでしょう。


不可抗力の結果である障害にはもちろん「ささえあい」があっていいはずなのですが、見返りを求めない「ささえあい」がはたして公共でおこるのかどうか…。

公立ということでいえば、例えば小学校が「老朽化で建て替えたい」という意思を示しても、行政にとってはその自治体がもつ小学校はすべて対等に扱わなくてはいけないので「では他のところも順番に」と回答するか、でなければ「他のところができないのになぜそこだけ」という回答になるのだそうです。


「ひとりひとりを考えた政治を~」なんて街頭でおじちゃんたちが話すわけですが、じゃあ一人の街角のおばあちゃんのことを考えながら法案が決められるかといえばそれはできない。
その法案は知覚できうる少数以上の複数に適応できるものでなくてはならないからです。

行政と個人の、距離のとり方はどうしたらうまくいくのか、難しいなぁと考えていました。

2009年7月7日火曜日

好きなことを職業にすること。



20代女子の「好きなコトを仕事に」! その後の現実とは?

mixiにこんな記事があったので引用。

特に上から3番目の例、これは建築でもよくあるところであるように思います

 「やりたい方向性と、商業的な部分とのギャップ」(27歳/作曲・作詞家)
「自分を表現する手段として好きな曲を書きたいけれど、商業的なことを考えるとそうも言ってられない葛藤が常にあります。曲が売れなきゃ仕事にはならないし、かといって自分の曲として世に出すには妥協できない部分がありますし……」


やりたいことがある、でも人が使い、お金をだしてもらい、施主の好みもある以上そうそう好きにびっくり仰天なこともできない。

「建築は純粋芸術じゃない」といわれることの所以がここにあるような気がします。

あるいは普段の作品と全く変わらないように見えるのに、コンペの審査のときには「これはこの場所にいかにふさわしいか…」と話す建築家も、その職業が上の葛藤の中に生きていかなくてはいけないことを感じさせてくれます。

今月の住宅特集に特集で載っている建築家の内海さんは、構造大好きな建築家なわけですが、
住宅を作るときには構造形式は自分の好きな形式を採用させてもらう。
でも仕上げ、意匠の見える部分に関わるところでは、お施主さんの希望に沿って素材や雰囲気を作っていくのだとのこと。
だから内海さんの建築には決まったスタイルが無いような気がします。
でもそれは施主が違うからで、見えないところをやらせてもらったらあとは消費としてこなしているということになるのだと思います。

建築家は強引さが売りであった時代もありましたが、今はどうしていったらいいのでしょうかね。

2009年6月30日火曜日

オーラ超。



かえった。事務所でたら雨、傘ないってば。



近頃手書きのままのテキストがけっこうたまってきてる。
データにして管理したいのでちょこちょこかたづけていかなくては・・・。



群馬県邑楽町コンペの訴訟が一応終結したようですね。
「和解勧告」という結果だったみたいですが…。
なんだか原告側がやたらとおれた感じの結果。
裁判費用は各自負担というのがちょっと、行政VS個人(集団だけど)なわけだし。

ただ町民の税金をつかっているのも事実なので上告できない状態になったというところでもあるのかも。



あなたたちは、簡単に解ける問題を
わざわざ難題に変えて目を向けようとしている。

2009年6月29日月曜日

夏が来たらしい。


さいきんIGPXというアニメを見た。
マッハ555とロボットものがあわさったような話。

いまキーボードでアルファベットがうてない。
チニイクハラコミチニとなる。
こまった・・・。


さいきん暑いな。
近いうちだれか誘ってのみいこう。

2009年6月20日土曜日

えでんおわった。



今日は学校にいったなんてことはない。



東のエデンの11話をみた。
映画完結が楽しみです。

エウレカの映画もどっかでみなくては。

**

サークルの飲み会に。
おかえり、聖メガネ少女。

自分の知り合いを再確認した。


今日なんかじめってんね。

2009年6月11日木曜日

シャングリ・エデン



東のエデン、シャングリ・ラを観た。

東のエデンは絵の平和さと相反して話がなかなかダーク。
なんだか作品中に六本木ヒルズ、大さん橋、フリーダムタワーなど出てくるのが不思議。

エデンが現代でおきうる内容を写しているのに対して、
シャングリはこの300年後くらいの環境問題が極限まで達したような世界。
映像には植物に覆われた東京都庁や六本木ヒルズがでてくるが、「東京がなぞの植物におおわれて~」という映像が高橋しんの「花と奥たん」に似ている。

だいぶ情報が整ってきたので課題の設計要件をまとめ、スケッチ、その他。

2009年6月10日水曜日

今日はテストじゃなかった。



起床後授業へ、でも1コマ完全に熟睡。
目が覚めてもどうもお腹すかないので生協でコーンフレークつきのヨーグルトを買って済ませる。

放課後事務所へ。
どうも今日は気分がさえない、というか虫のいどころがよくない。

帰宅後メール・RSSチェック、スケッチ、読書。

そういえば、先週塾で授業を持った新規の女の子がいきなり担当変更を要求してきたようだ。
「女の先生にしてください」とのこと。
たしかに育て方はいい、けどそれにぎりぎりついていってるような、
あまりゆとりのない感じの子だったのでこちらもあまり楽しいものではなかった。
というか気を使った。

担当変更をされたことに文句はいわないが、まぁそういう意気の合わない人間もいるんだってことを学んでくれたなら結構。
ちなみに僕はかつて小学校の先輩数人に小突かれ(どつかれ?)た時「邪魔だよ凡人が!」と言って金的くらわして下校した、いじめに屈しない子です。

2009年6月9日火曜日

明日はテストじゃないか?つるちゃん。



日曜日、東工大のoz君と夕食。
構造系の知り合いが最近増えてきてなかなか楽しい。

月曜、起床後登校、午前の授業の後先日知り合ったK君と昼食。
建築にマジメなんだけどムラっけなよう。

放課後事務所に出社、作業。
日曜日O教授のオープンハウスがあるらしい。

帰宅後スケッチ、読書。

2009年6月5日金曜日

課題終了、クリクリ。



5ボタンマウス買いました。
しかもスクロールが横スクロールもできちゃうやつなのでなんかそこの部分がエロイです。



課題が終了しました。
結果としては、案の流れとしては的確で、現実に即したものであったと思います。
しかし建築として立ち上げる作業であらゆるところに問題が生じました。
それは僕の能力の問題というより、無意識の姿勢の問題だったようです。

最後の方で、1年生の時に持っていたはずのものが今はないことに気がつきました。
知識欲が、それを得て、それを使いたい欲求に変わっていました。
それゆえに建築が意匠をまとっているように見えてもどこか分離したものになっていました。

なんか大丈夫。もう落ち着けてると思います。
今度はちゃんと、デザインというものに取り組めそうです。
建築を、また全部好きになれそうです。

そしてもうひとつ。

いろいろ肯定してみようとおもう。
「これはないな」
「いや、でももしかしたらこーこーこーありなのかも」

みたいな。もちろん頭の中でね。
それでなにか自分の価値観が変われば面白い。

朝カレーは新たな市場を開拓した。


そうですね、mixiニュースによると。

まだ食べていませんが。



今朝のニュースで、現在日本医師会および行政で「脳死は人の死になりえるのか否か」という議論がされていて、まだ意見が二分したまま収束していないのですが採決に向かうそうです。

通常人間は脳によって支配されて動いているから、そこが動かないということはすでに人ではないのではないか、つまり「肉体を支配するもの」が命であるのか、「意思を支配するもの」が命であるのかという構図なのでしょうね。

ただ肉体に脳と同様の機能がないのかといえば、例えば自転車に乗るようなくりかえし動作をする際、慣れていないときは脳が活発に使われるけども、慣れてくると脳の活動率はさほど高くないそう。

あるいは前によんだ臨死体験の書籍では、心臓停止時、脳内の電気信号は機械では測れない(つまり起こっていないか、なにもできないほど微弱)であるのに、その際の記憶が残っているとしか考えられないことから記憶体が実は他にも考えられるのではないか、ということ。

また観念的には日本人は魂は心臓のところに宿ると考えるのに対し、モンゴルやヨーロッパ世界にいくと魂は頭やその上に浮いている(だから映画グラン・トリノではモン族の頭をなでてはいけないとされる)と考えられています。


とかとかこんなことがぐるぐるとすると脳死になったからといってバサっと臓器を切れなくなります。
でも個人的にはその臓器も、最も生きているといえる形で使われればいいと思うので、となるとより未来のある臓器移植に僕は傾いていたりします。

2009年6月2日火曜日

今、正直困ってる。


見つけたい物のために動き続けていたのに、気が付けば離れていたというか、
目が全く向かっていなかったような。

すこしづつ間違えて、修正がきかなかったような。

どうしたら元に戻れるかと考えてます。

2009年5月25日月曜日

ジュビリー≒つるり



キャシャーンsinsを金曜から日曜にかけてすべてみた。
手書きの作画をCGに直すという二度手間によって作られた作品、しかし絵や背景のクオリティはすごく高かった。
幻想的で、淡かった。
タツノコも腕あげたな。

高屋奈月の「星は歌う」5巻購入。
前連載のフルーツバスケットでころころ変わった作画は今回なかなか安定している。

同時に高橋しんの新連載「花と奥たん」購入。
明日から読んでみようと思う。

設計課題があと少しで終了。
大枠のプランから細部まで、すべてを収めることはできなさそうだけど、
しっかりとリアルの先に未来のある、澄んだものはつくれたと感じる。

次回は構造に恣意的なものを含ませたい。

2009年5月19日火曜日

きめた!!



僕、いまの美術館の案すべて捨てて、


RM造やる。

2009年5月16日土曜日

というかエウレカセブンをみにいかなくてはならない。



課題中間発表、講評会。
総じて面白くはなかったのでほげらとすごしていると興味深い女の子をみつけた。
話しかける。

映画グラン・トリノを見た。
2時間という時間をなかなかにうまく使った作品だと感じる。
中だるみせず、所々おもしろいつつ。
ただカメラ、照明、音声が少し雑。そして主演の男の子の方の演技が古い。

どうも知り合いの話だとGOEMONが面白いらしい。
たぶん風合いからキャシャーンの監督なんだろうなぁと感じていたので調べてみるとやはり紀里谷さん。
この人は音楽界の中田ヤスタカと通じるものを感じる。
うまく見せ方で丸め込んでく感じ。そこが素直な分好感が持てる。

キャシャーンのアニメがキッズステーションでリメイクされてるよう。
これもだんだんと見ていこうと思う。

ってかいい加減エウレカみたい。
見たい見たいっていってるうちに終わってしまいそう。

2009年5月12日火曜日

ああ、なんだってんだちきしょう。



くそう、なんだってんだ、忙しすぎんぞ。

僕なんかしたのか?
いや、なんかしてるから忙しいのか…。

提出間に合うかしら、

そうか、分身とかしちゃえばいいのか、じゃあ分身の勉強をしにいこうかちきしょうまたやることが増えるじゃねぇか。

ああ、いやしてくれるさんたちに連絡しよう。

2009年5月8日金曜日

さて、デジタルに向かおう。



データがある。
アナログでやると一日がかりだった作業も、データ上で行えば2時間足らずで終わってしまうようなことだってある。

努力がデータになると急にむなしくなる。

1日かけた図面→データでは238KB

同じく、僕は友人の失恋情報と、有名建築家のプロジェクトの様子を同じものとして俯瞰している。
価値判断は見る人によるけれど、
データとしては友人の失恋情報のほうがバイト数が大きかったりする。

今はもう誰かのつくったシステムで世界が驚嘆したりしない。

だれかの作ったアナログはすぐに数バイトの情報になってながれていく。


僕の使っているパソコンはHDが200Gなので、一日かけた図面の作業がざっと2500年分ストックできることになる。

だから僕はデータを結構重く見ている。

出力結果より相当重いものだと感じている。

だから最近はキレイにできたデジタルものの、むしろ後ろにある技術の薄い厚いを見ていたりする。つくり方がわからないものにはやはり「ほぉー」ってする。


そこの君(自分)、あんたがそれらしく飾った程度のもんなんて、他の誰かからすればすんげーチープだって一目でばれてんだぜ。

2009年5月4日月曜日

ホルモンステイ。



昨日はちみつ次郎(仮名)が手伝いに来てくれた。
夕飯にホルモンを食べに、近くの松田君と3人で出かける。

ホルモンって内臓なはず。
たしかに小腸や大腸をおいてるんだけども…

唇とか舌ってホルモン(内臓)?


帰宅後にエスキスを重ねに重ね、出した結論。
「意識的に動かせる、鍛えられるものは焼肉。鍛えられないのがホルモン。」


終電になっていたので泊まって先ほど帰宅していきました。
ほんとにありがとう。感謝しとんよ。

フェーズ2/3 構想



見つけた切り口から入り込んで、奥になにが広がっているのか見てみる。
探してみてちょっと面白そうな分岐が見えたら進んでみる。
中でおきるアクシデントや不細工な情景をつぶしながら、すこしよさげな方にずんずん進んでみる。

妄想をたくましく膨らませる世界、もあもあとしたものを紙とペンでぐちゃぐちゃかき混ぜて、固化させていく状態。

2009年5月2日土曜日

ひさびさに家にいた。



起床、作業、作業、休憩、作業…。

練りに練ってようやく着地もといとんだかんじ。

2009年5月1日金曜日

フェーズ1/3 着想



設計は3つのフェーズに分かれると考えている。
着想、構想、構築。


着想とは最初の切り口を見つけること。
最適解を見つけ出すための条件を探索する。
そのときに、フィールドにいるためのルールがあり、そのひとつが「職能」だと考えている。


ラーメンをつくったといってケーキを出してはいけないのと同じようなもの。
それはラーメンを超えたことにはならない。ラーメンを作るという土俵にいない。


どの入り口が最も美しい未来につながっているか、ドアを開けていってみる。
ちょっと進んで戻ってみることもできる。
時間はある特定の観測者からは不可逆であるが、このフェーズは可逆である。


先に希望がみえたら、その奥へとすすんでみる。
次のフェーズに移行する。

なにかこうかな。



起床、登校。
校門がしまっているという幻影がみえたため、休みと判断し、近くでうどんを食べて事務所へ。

所長が世界一幸せな行事のひとつで事務所にいなかったため近くの公園で昼寝。

15時より作業、23時終了。


2009年4月29日水曜日

デッドマンワンダーランド



今読み進めている漫画です。
エウレカセブンと同じコンビが描いているこの漫画。
いやぁ、絵がうまい。そして無駄がない。

昼に角、菅、加と食事。
彼女がどうのこうの、あれがなんのやんの。

設計演習の講評を見学、いや、今年から面白そうだったな。
ありゃやればよかった。来年3っつくらいやります。

塾にて授業、帰宅。
製図課題のテキスト改筆と、「ユニグリッド」テキストの作成。

2009年4月28日火曜日

構造、グリッド



構造と意匠は別物だと最近考えるようになりました。

建築という大きなくくりのなかでその重要性はかわらないのですが、

考える着眼点に決して交わらない、境界面があるように感じています。

***

構造を考えるのが好きです。
構造を見ているのも好きです。
工事現場とか見ているとハァハァはしないですが一日でも飽きない気がします。

最近構造が身体に付いてくるようになってきた感覚があって、

配置した部材が踊りだすというか、ぽんとそこにあって当然のような顔で置かれる柱やブレースに鳥肌がたちます。

泳ぐように、構造を流したいと思っています。といってもゆるゆるなんではなくて、
水を得て、泳ぎ始める。重力を失ったように軽くて、しかしそこにありうべき線を通ってつながっていくような、自然な配置を探しています。
しかしそれは決して材の細さをあらわすものではありません。材を究極的に細くしていくのは上の世代でひとまず区切りであるのは確かです。


常に(通常は建築家による)描き出される線は自由であるべきで、構造はその動きを制限するものであってはならないと考えています。

水は常に形をかえるようにです。

***

なかなか表現からグリットを取り除くことは勇気のいる冒険です。

現状、僕の生きてきた感覚にはグリッドの安定がしみついていて、世界もそれをベースに多くのものが決まっている気がします。

本棚の板が水平に走るのは?
クローゼットのドアが垂直にきれているのは?
そもそもなぜたわみの計算は水平状態からの変形量であるのか??


グリッドを支配しているオーダーを崩すには、それを使用しないか、あるいはグリッドを消滅させるあらたなグリッドで混ぜ込むかのどちらかではないかと思います。

グリッドとはひとつのオーダーであると同時に、オーダーを規定するものにいまやなっているのだと思います。


では建築空間にオーダーを持ち込むためにグリッド以外の方法をとることは?
グリッドの消滅がオーダーの消滅とならない方法とは?


それを最近考えています。
オーダーに変わるオーダーをさがして。

p.s.ホーキングはグリッドの引かれる平面以外の面として虚数面をあげています。それは最初のグリッドにはのらない新たなグリッドです。

p.s.2 グリッドでないことは単純に他の幾何学を使うということではありません。それ以外のルールやオーダーです。

2009年4月27日月曜日

まずは今日の日記を。



若干の寝坊、登校したが遅刻はせず。
昼に本部キャンパスの某スナフキンと会食。サークルの活動のことなどもろもろ。

そういえば今年度から始まったRC構造学、僕は案外わかりやすいなーと思ってるんだけど皆さんどうですか?

授業後環境系M0の先輩を誘って2時間ほどおしゃべり、研究のことなどをまったりと伺う。


そのあと19時より毎年恒例のタテノミスタート。
事前には「赤字かも」と聞いていたものの盛況ぶりにびっくり。やはりHUBは正解のよう。

ごたごたとするなかで負けじと大声をだして話しかける。
タテノミではなぜかみんな積極的になるくせになぜキャンパス内だと少し引き気味になるのかわからないけれども、僕はいつもとかわらないです。

名刺はもってきた分はほぼ配り切り、めぼしいところとのアドレス交換を済ませる。

「学生の手伝いなんかにこんつめないほうがいいよ」などと言いつつそのうち自分が必要になったらあせるんだろうなーとも思いますが、皆さん自分のキャラクター立たせるように積極的にがんばっていただきたいです。

21時過ぎ終了、寒いので帰宅。


今日知り合った1.2年の方々、昨日知り合った4年の方々、これからどうぞよろしくお願いします。皆でちょびちょびと建築のステップを進めていければここで同じ時間に生きたかいがあるのだと思います。

でも建築狂いにはちょっと用心を…。

4年生展示会を見にいくのがついでかもしれないつつスイーツをたべつつ


起床、今日は気持ちのいい晴れ。

昼に赤坂へ。
学科の友人と先輩とスイーツビュッフェを食べに行く。非常に高いクオリティのものが食べ放題。破格でした。

その後代官山にて行われている学部4年生の展示会へ。
展示形態が面白く、キューブをまわすというこちらのアクションを要して、その結果自分の好きな面を近くで見ていられるというのは印象に残る展示であった。
前の人が自分の気に入った面を上にしておいていくということで観覧する人間によって少しずつ変わっていく展示だといえるかもしれない。

設計課題の結果そのものについては個人の好みがあるのでともかくとして、
座談会でも言われたことだが早稲田の建築は「怨念」がこもっていることが特色であるという言葉は、内部にいるこちらを納得させるものであったと思う。

飲み会にも参加させていただきました。
あつかましくも参加させていただきありがとうございました。
皆さんが様様にステキな時間をすごされていくことを祈っております。

2009年4月25日土曜日

ARUP JAPAN展示会→KDa展示会



起床、雨。

入っていた予定が二日酔いでドタキャンされたため、部屋を片付け、
友人と一緒に銀座へ。


ARUPJAPANの展示会はニコラス・G・ハイエックセンターの最上階でやっていた。
また隣接して中村拓志の冷却アクリルはめこみによるファザードデザイン、はす向かいにはKDaのユニクロがある。

ARUPJAPANは世界で最も大きなエンジニアリング・コンサルト会社ARUPの支社であり、
創設のきっかけは関西国際空港のコンペであるとのこと。
けっこう若い会社である。

ARUPJAPANが他の支社と異なっている点といえば、地震の多い日本での設計のためダンパーなど免震・制震システムの研究の比重が他の支社と比べると大きいことで、レンゾ・ピアノの設計したメゾンエルメス銀座における「柱脚をアンカーで固定しないで地震時に浮かせる。歩かせなければいい」というシステムには静かに感動した。


その後雨の中ひたひたと六本木ギャラリー間へ、クライン・ダイサムアーキテクツの展示会を見に行く。
図面や何かしら空間らしきが見られるかと期待したが、今回は展示方法が過度におしゃれになりすぎて、写真とクリスタルの広告ブースのようなものしかない。残念。


雨の六本木は人がすくない。
人がいなければあの辺は意味のないオブジェが並んでいるのと同義だ。

みるくおいしい


ほぼ徹夜でエスキスに提出するものをそろえ仮眠…のつもりが6時間ガッツリと眠る。

課題提出、エスキス後事務所へ。
軽く作業。

工作物は地震荷重を建築より大きくとるらしい。
看板、コンクリート煙突などはCi=0.5以上。

2009年4月22日水曜日

春さどこさいった??



学校に登校、今日はやたらといろんな知り合いに会う日で、
高校の同級生、建築学科の他学年、3月のパーティーであった人など挨拶と小話をかわした。

今年の学士入学の方々とも面識をもった。
どちらも脱サラの後大学にきていて、遊んで大学生活はおくれないぞ、とおっしゃっていた。

鉄骨の授業ではなぜかひたすら鋼材の説明。
どこで使うのかわからなければ断面の形なんか覚えたってしょうがないのになぁ。
だんだんと出席者がへってきたようだ。

帰宅後設計課題を進める。
今回のエスキスはスケッチを出すハメになりそうだ。

このあと塾へ。

文章化してみる2



三角形は安定した形である。
これは静力学の最初にならうことだ。
僕たちはここから安定した構造のための部材数、支点、節点数の相互関係を学び、またなぜ橋や塔がトラスで構成されてるのかを学ぶ。


今日スケッチをしていた。

三角形に内心をうつ。

内心から各頂点へ線を結ぶ。これらは同じ長さだ。

ちょっと頂点をかたむけていったりする。

どんどん角度が付く。

ここで内心から頂点へ結んだ線一本に荷重をかけてみる。

すると、もともとの辺の二辺が引っ張りとして有効になる。
あと一本はなくてもいい。


ここには最小の部材数で建築を構成できうる可能性が秘められていると感じる。

ユニテイション



大学で講義後事務所へ。意匠側からの変更を構造図に反映。
そのご事務所を早めにしめて中華をごちそうになった。

帰宅後soaさんとメッセ。
この人は言葉を選びながら的確についてくると感じた。
普段思ったことを口にだしてみる(ついでに実行してみる)僕とは大きな違い。

月曜日、スナフキンと昼食にいく。

2009年4月15日水曜日

文章化してみる1



先日建築学会賞受賞が決まった石神純也さんのKAITについて考えてみる。
2週間前くらいには受賞が決定していたようですが…。

構造家は小西泰孝さん。


大きな屋根を浮いているかのようにかける。
設計当初のコンセプトはこうであったようです。

そしてその無重力感を紙のようにうすい柱が並んでいることで実現しようと。

そこで問題となったのが、柱を薄くすることでおきてしまう座屈現象なわけです。
では座屈はどうして起こるのかと考えると、ある一定以上の荷重を圧縮でかけると部材が弱軸の方向にたわんでしまう。

座屈耐力式を見ると、座屈は部材長さ、断面、材料などによって決まる。

よって普通は断面を大きくしたり、長さを短くする(間に座屈を止める材)などで座屈耐力をあげていました。


ここで転換、じゃあ耐力自体を変えなきゃいいじゃない。
つまりは柱の本数を増やすことで荷重を分散、座屈を解消したのがあの建築となる。

他にも自身の水平力を受けるためにプレストレスをいれていたりしますが、

数式からそういう発想の転換があった作品なんだと思います。

みえないものを文章化してみる


とある旅行先で出会ったとあるお姉さんが、最近興味があることを書かれていたのでこちらでも記してみる。
それはつまり題目にもあるように「知覚できないものを文章化することで認識しやすくなるから」であったりします。

それは企画や立案のためのブレインストーミングや、
「モテる男の鉄則」なんていう本に表れていたりもします。

あるいは昨日僕はデスクトップ上に「安らぎとはなんぞや」という論を書いていました。
書いてみるとぼんやりしていた認識がはっきりとしてくるみたい、口頭でもまとめられるようになる。



いま興味があるのは(といってもここ1週間くらいでのことですが)、
力学の原理、力の流れを文章化することによって構造計画の発想に新たな方法則を見つけることにあります。

たとえば「ピン接合部においてはモーメントは0(仮想的には)になる」という原理。
ここから「じゃあモーメントが出ちゃって困る部分はとことんピンにすればいいじゃない」といってうまれるのが、フリージョイントの極細断面サイズで形成されたラチスであったりするわけです。
モーメントが普通なら発生してしまう材の途中をぶちぶち切ってエネルギーを軸力で置き換えてしまう。

思えばブレース構造を得意とする構造家たちはこの原理を使うことでモーメントという認識しづらい事象を解消して簡略にとらえることで構造計画をすすめた。


なんてことをやっています。
そんなことをやっていると最近になって、基礎の構造の授業がいかに大事であったかを理解するようになりました。

2009年4月13日月曜日

友達がふえました。



午前から授業。
今年度からだいぶ専門課程も分野が分かれてきているので、周りの顔ぶれが各授業同じだったりする。

昼食で、中学時代にたまにからんだ後輩と食事をとる。
成長ぶりに親心のようなものが芽生える。
よくがんばった。

放課後新宿へブリーフケース買出し、
帰宅後もろもろをすませ、設計のとっかかりを決定。

KAKUGO!!



失礼ながら、書かせていただくと、

あたし建築楽しいかも!!?とか

自分は最近興味がでてきたからうんぬんとか


どーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーだっていい。



そういうアピールいらない。
友達との雑談のなかでしてくれ。

好きでいいけどそれを一生好きであるにはさらに+αなにか必要だと思います、覚悟とか、自信とか、とにかく己が。

ただマイブーム的に「建築」といわれるといらっとします。
「最近いろんなカレーを食べに行きます」とはわけがちがうんだから。




というこの愚痴もどうでもいいことです。
とりあえず帰結するのは「覚悟」の話、以上。

2009年4月11日土曜日

round1



設計課題の敷地である川崎を見学後、事務所へ出所。

敷地は食塩から鉄鋼から石油加工からさまざまな工場が並ぶその一角にある。
敷地専用の入港口をもち、大きな道路に面し、敷地奥への引き込み道路ももつ、形状は20mX120mほどの長方形である。
問題は奥行きが極度にせまいことであり、長方形の一部が現状入江のようにかきこまれているため一部は15mほどしかない。
これは造成を考えなくてはならないだろう。

動線計画を海に向けるように配置すると必然的にその奥行きは狭くなる。
大きな空間体験を海に向けて直線で与えることは困難である。

などなど考えながら事務所でモデル作成。

今回の課題は構造材が鉄骨と指定されているが、僕は展示対象としてもまた敷地のスペースからも、ある程度柱脚にスタンスをとらなくてはいけない鉄骨よりもRCのほうが適している気がするがどうだろう。

などなど思案を重ねながら今日も快腸。

2009年4月10日金曜日

新年度開始



新年度が始まって、1週目が終わろうとしている。
最初の授業はほとんどがガイダンスで、設計課題もあるわけではないので非常にゆったりとしている。

大学の春は活気に満ちていて、ちょっと歩くだけでもたのしい。

春休みより断然いそがしく、朝も早いが、充実している。

同年代の人との会話が、最近別の感覚で楽しかったりする。
人に会うことが楽しくなってきたと最近感じる。

これが人間としての変化なのか、
贓物に埋もれた結果なのか、怖いところだ。

自分の色が漏れないようには注意したい。

2009年3月30日月曜日

呼吸、回転、苦しさ



ああ、そういえば、
今年もGEISAIに行きそびれたなぁと思った。

**

起床後病院へ、一週間ぶりにいく。
そこの病院は夫婦で経営していて、診察もその夫婦のみ。
だから診察までに時間がかかることがあり、今日もその状態。

夫婦で同業はどうなんだろうか。
建築家でもたまにいるけれど、仕事でも、家庭でも一緒。
絆が深まっていくんだろうか。
ライバル意識が芽生えるんだろうか。
気遣うようになるんだろうか。

診察後塾の授業を1コマ、その後事務所へ。
事務所にIさん来所。
ちょこちょこと東京まで足を運ばれているようだ。
独立時から仕事をし合ってきた構造家と建築家の関係は、
なんだかリラックスした夫婦のような、いいものであるように感じた。

仕事がひと段落して予定より5時間早く帰宅、スケートのエキシビジョンを見る。

あの競技は一見華やかにみえながら、回転してる際の表情、フィニッシュの瞬間などからスポーツとしてのつらさが垣間見える。
そういえば僕たちの競技も、水泳は汗こそ見えないけれど、
心臓への負担は大きく、呼吸する表情はどんな美人も「あれ?」と思えてしまうような深刻なものになる。

それは職業でも同じなのだろうと思ったりする。
衣食住系の学問が大学のような高等教育において人気であるのは周知の事実だが、
そこにはその一見華やかなものに魅惑され、
呼吸するところ、回転しているときの表情を知らずにその学問に触れるのだろうことが想像に難くない。
つねにリアルとは華やかさの奥にあって、突き詰めようとするとその苦しさを超えなくてはならない。
その苦しさを楽しめるか、耐えられるか、立ち向かえるかが、学問もスポーツも極地に至るために必要な道程なのだろうと思ったりする。

2009年3月27日金曜日

今夜も空に抱かれて


絢香の「今夜も空に抱かれて」。
去年唯一映画館で見た「スカイ・クロラ」の主題歌。

いいな、これ。
このスローテンポな感じが好きだ。

午後に塾へ出勤。
小学生の授業をこなす。

最近授業数がめっきり減ってしまったので踏ん張らなくてはいけない。

明日は事務所に出勤、夕方から塾授業。
この予定が詰まった感じが久々でちょっとうれしい。

2009年3月23日月曜日

深層・黙考


最近ちょっとなやんでいたのが溶け出してきた。
大丈夫、もう胸が痛くなったりはしない。

**
起床後事務所へ。

作業を終えてバイト先へ移動中に心の師匠であり自分の進路のある方針ともなったTAICHIさんに遭遇。

忙しいながらもせっせと着実に動かれているよう。
近々相談に乗ってもらうことをお願いし別れる。

**
「亡念のザムド」を見終わる。
エウレカやラーゼフォンと同じくボンズの作品。
難易度としてはラーゼより簡単だが、終わり方はエウレカの最後のなし崩し的ハッピーエンドよりはまぁいい。

とにかくボンズにしろマングローブにしろオープニング・エンディングのセンスが光る。
映像と音楽のからみが絶妙。
エウレカに関しては途中のオープニングが崩壊したことがあったが、
ザムドにはそれはなく、全26話を同じテーマ曲でやりきった。

キャラクターの配色、台詞回し、アクションはエウレカスタッフのやはり真骨頂で、
1クール(正確には配信だが)のものとは思えないクオリティを保っていた。

そろそろガンダム00が終了する。
最近バンダイは「光線系(ビームや粒子など)」の作画がうまくなってきた気がする。

2009年3月20日金曜日

「1000円って、ちょっとうれしいよね」



今日のカコミで麻生さんが高速の料金引き下げについて言ったこと。
普通の人間なんだなぁとおもった。

***

今日は昼から墨田区の葛飾北斎研究施設設計競技の公開審査会に行ってきた。
会場には2次審査に進んだ建築家や構造、設備の方たちのほかに、
一般でよく知られたひとたちがきていた。
僕の二つ横の席にも「…あっ!!」という人がすわっていた。

2次審査には上は60代の大御所といわれる建築家から、下は30後半の最近雑誌でみるようになった建築家まで、10組がすすんでいた。

それぞれのプレゼンテーションにはその世代が蓄え、進めてきた論議に軸足をとった内容が色濃く表れていて、各世代ごとの特色がよく見られた審査会でもあった。

中ほどの休憩で、学校の助教授がいらっしゃったので挨拶をすると、
「きみ、どこにでもいるね」といわれる。
……べつに好きで会ってるわけじゃないけどね…。

***

帰宅後ポストに旅行中に請求しておいたある設計事務所の作品集がとどく。
自社製作らしいが非常に愛情のこもっているのがわかる冊子だった。
こういう人柄が仕事をもってくるんだな。

2009年3月19日木曜日

ミチコとハッチン


ミチコとハッチンが終了した。

深夜帯に毎週火曜日放映されていたアニメだ。
そのアニメは主に南米を背景とし、白砂のオアシスや、荒廃したスラムなどを写しながら、
鮮やかな色彩と、ビートのBGMが特徴深い。

物語はそれらとともに、出会いや、人の死を隠さずに展開させていく。
絵の使いまわしも、作画崩れもほとんどなく、
途中何回か放送延期の回があったが、
高い質を保ったまま全放送を先日終えた。

ほぼ中だるみもなく、主役の一人であるミチコの生き様を表現するかのように、
スピード感にあふれた展開だった。

このアニメはひさしぶりにすごいと思った。

***

先日日本に帰ってきました。

ドイツは公共施設への投資、エコロジーの徹底、そして建築がひとつの権威の象徴であることを忘れていない国だと感じました。

ソ連崩壊以降省庁関連は多くが建て替えられ、開発も進められたため、
特に後半滞在したベルリンは多くの建築が90年代以降に建てられたものでした。

端正なコンクリートの扱いや、鉄のスレンダーさを極限まで追求したような、
エンジニアリングをうまく利用した建築のつくりかたをしていました。

いろいろあるのですが、書ききれないので省略。

ただこれは確実に将来につながる旅であったと、そう確信できるものでした。

今後もよろしくお願いいたします。

2009年3月8日日曜日

日本放出前日


明日からドイツにちょっといってきます。

一応ノートパソコン持っていくんで、旅行先ではしゃいでメールしたりするかも。

まったり見学してこようと思います。

2009年3月6日金曜日

リンクスパーティー


起床後旅行代理店へ。
温泉旅行のプランを相談し、その後大学で行われるパーティーに向かう。
会場には聞いた話だと200人の人が参加予定だったらしいが、雨の影響か100人ちょいに見えた。

とはいえ大学生(しかも文系中心)の飲みは非常に活気にあふれ、お酒のちからもあり楽しい時間をすごした。

パーティーの最中幾人かの人と会話を交わす。
企画やデザイン、出版、ダンスなどさまざまなサークルから人がきていて、
またパーティーに参加するという時点である程度社交的な人たちの集まりであるため、
スムーズに、にこやかに会話を交わした。

なかなか普段は同年代で他分野の人と話す機会にめぐまれないため、非常に刺激的な会であった。
こういう明るい人たちで日本が支えられていけば、どんなに楽しい国になるだろうと思わなくもなかった。

2009年3月4日水曜日

ともちゃんが、決めました。3/3は、ももの日~!!


大学が春休みになってから悩んでいたこと、
自分の将来、進路などなど。

進路決めた。決めたら迷いません。

何人かの知人の方々には後々相談にうかがうかもしれないので、そのときはおいしいケーキとしっかり厳選した静岡茶で出迎えてください。

クリームチーズケーキとか好きです。

あ、バームクーヘンでもいいです。ただまわりに砂糖コーティングついてるやつね。

久々に悩み事しました。いつもは行動派なのでやってみて考えますが、進路はそうはいかないんでね。

あと残る問題はそのときの世話役か…。
頼むよ、法学部!!
そして仕事とってきてよ、鶴ちゃん!!

2009年3月2日月曜日

レコンキスタ≒うどんパスタ


cotton clubにて食事、ふらふらしてその後プールへ。
日曜日は利用者が多いようで、普段はすいている高速者用レーンなるものも1コース4人ほどとそれなりの人数だった。

中学時代からコツコツ読んでいたもののひとつ、
花とゆめの「フルーツバスケット」(高屋奈月)を読み返す。
非常に緻密にくみ上げられたストーリーがあり、
それらを中心にさまざまな人間の心の動きが展開されていく。
序盤から中盤にかけて吐き出されたなぞが、終盤に向けてどんどんと解消されていく様は驚きで、とともにそれが違和感のないタイミング、つながりで入っていく。
連載当初からだんだんと変わっていく絵の雰囲気は最後にはもう最初のそれとは別の人のものであろうかと思わせる。
高屋さん自身が連載に追われながらもなにが最も良いかを試行錯誤しつづけた結果であるのだと思う。
1冊でかならず2回はジュンとさせられるオススメの漫画。

2009年3月1日日曜日

同窓会=衝撃


午前、法学部と合流後だらだら
午後から小学校同窓会へ出かける。

集合より2時間前に現地に到着、最も古い友人と喫茶。

同窓会では小学校時代あまり話さなかった人たちとも会話をすんなりかわし、
時間が流れればキャパや付き合いもかわるんだなぁと実感する。

何にせよ同じ小学校だったというシンパシーがあるだけで新鮮である。

また人によってはスタイリスト、音楽家、看護など具体的に将来をしぼって動いているひとたちも少なからずポツポツいて、こういう目標の明確さが今の生活に光と張りを与えるのだろうと再認識した。
将来お世話になります。

喫茶前偶然高校時代の担任の先生と会い少々会話。
「どんなかんじ?」と聞かれたのでとりあえず「圧倒です」と答えてみる。
対して成績は良くないのだけどもいいのだ、大事なのは今のモチベーションと変質の先に見えているであろう物の明確さであるから。

2009年2月26日木曜日

心臓いって。


段階として、次のものが少しづつ、明確に見えてきた気がする。

ネットリテラシーの日本人全体の底辺レベルの向上、
機能別空間の究極的なあり方、ワンルームが群によって占有される
コンピューターの演算処理の更なる並列化、core4000duoみたいな
各ジャンルの人間の情報メディア進出のための「人間のデジタル化」合戦
人間の集合時に無意識に肯定されていた考えられた前提条件の崩壊

変なかんじ。


なんだろう、原因がよくわからんが滅入ってる。
けだるくて、胸がやけてるような。
スティーブン・ホーキングの本が難しすぎたというのがあったりするが、
うわぁ、きつい。

2009年2月25日水曜日

正装の品格。


起床後クリーニング店から出しておいたパンツを引き取り。
その後再び外出、正午。
ランチのあと池袋へ。
法学部と合流。
名刺受け取りなどもろもろを済ませる。

夕食をとって帰宅後今度は名刺入れを探す。
木のやつはベストヒットだが収納枚数がすくなくて落ち込んで寝る。

午後3時半一時目が覚め入浴。
イマココ。

名刺入れを選ぶ規準としては
新入社員はシンプルなもの、
対外場面の多い人などは高価そうなものを使うとステータスだが相手にいやみに写る場合があり、
クリエイター系はおしゃれなものを使うこともできるが、仕事に遊び感覚カヨなど揶揄される場合もあるとのこと。

昨今のブームで細身のスーツが市場にもたくさん出回っているが、
本来体にジャストフィットしたスーツというのはオーダーメイドの証であって、
従来はその点でオーダースーツにハクがあったわけだが、
現在のブームはオーダーメイドの大量生産といういわゆる日本人の「高そうなもの安く作れちゃいました」的ムーブメントであり、
「体にフィットしてます」フェイクであるともいえる。

となると高価そうな名刺入れのデザインも以上を踏まえた「高そうに見えるんだけど実は安いんですよ」的なアイロニープレイに使えたりしないもんかうんぬん・・・

そんな世界だから寝ようと思う。

2009年2月22日日曜日

さっくりと。


なんだか長く書く気がおきないのでさっくり書いてしまうと、
理科大教授 宇野さんが先日出された「ストリートスマートな建築」の
書籍が結局思想というところまで行き着いていない理由は、
「地域性を重視して設計していこう」という話をモダニズム風潮のグローバルな視点から確立しようとしているところ。
地域性の尊重はつまり土地への回答であるわけだからそこからはもう具体例に入っていくしかないのではないか。
ある意味で地域性とは何かを探し始めた世代が結局現在も様式を確立できていないことの一つの要因でもある。

ドイツ語の辞書を買った。
「アヒルと鴨のコインロッカー」(同い年の濱田岳主演)では辞書を買えば日本語がわかるはずと考えるブータン人がいた。
そんなことないとはわかっているがやはり辞書を買うとどうもちょっとできるようになった気になってしまいそうであせる。

法学部の友人ができた。

僕の最も敬愛する今3年の機械工の方が就活をしているそう。ガンバレ。

2/19にアドレスを変更しました。
連絡きていないー、や連絡先しらないよーなど
ありましたらコメントかmixiでメッセージいただければ返信いたします。

いまから週一の水泳にいってくる。

2009年2月15日日曜日

「携帯プランってのは~組むと安いよー」っていう子供がでてくるのか。


携帯電話は子供にどのような影響を与えるのか、という記事がmsnにあった。
携帯電話を学校に持ち込ませないようになってきたこと、行政の学力調査結果などが詳しく書かれている。

そして現在行政や学校法人は学校への携帯もちこみの制限をかけるかどうかの審議をおこなっている。
でもここまで普及して「もちこむな」というのが無理な話。
日本人はみんながやってるから自分もやる(というかやらないと怖い)種族なのですから、
もう学内で完全に0、あるいは1%くらいの率の保持率にしないとみんな持ちたいわけです。

なので結局持ち込み禁止といってもたいていは持ち込んでいるわけですが、
そういえば僕の行ってた学校は携帯の持込は禁止となっていました。
しかしほとんどの生徒が所持している。
だから学校側は2003年ごろから「校内で使用しているのを発見したら2週間没収、厳重注意」
というルールを教員側で決めたようです。
それから僕も何度か没収されたのですが、そこから僕は
「ああどうも社会には暗黙ではわかっていてもばれたらあかんもんがあるらしい」と学びました。

あるいは友達の感覚も違うんじゃないかな?
友達になろうと思えばアドレスを交換する。ってことは「アドレスを交換する」っていうひとつの儀式が友達かただの顔見知りかのボーダーになっているんじゃないのかとも思う。

そして携帯電話を持つ子供が持たない子よりも確実に情報界に対してのリテラシーがあるのもまた事実なわけです。(パケットの概念とか)

一概に悪い良いいえないから難しいわけだけども、
最終的に「携帯はただの道具やん」と認識して自分の生のアイデンティティーがそこにないのだと
気がついてくれればそれでいいかなとも思います。

仮にこれからすべての携帯のキーボードがパソコンと同じものになったら、
「パソコン入門」なんて本のシェアーも縮小して、
日本の情報技術が次のステップに行くんじゃないかとも思います。
全国民がwebページ作れるとか。

とはいえ今の論争の結局は
「携帯がなかった世代」と「携帯がある世代」のギャップにより起こっていることなので、
この時代にしか起きない論争として
(これがジェネレーションギャップかぁ)
と思いながらボーっと見守っています。

2009年2月14日土曜日

UMAと子供。



googlemap streetviewでこんなものがうつってたよっていうサイト。UFOとか興味深い。

そういえば今日mixiに
13歳の男の子が父親になんてニュースがありましたね。
これはすばらしいことだと僕はおもいます。
子供を生むということは当然すばらしいけど、
13歳の男の子が原文いわくきっと周囲にもなにか言われたであろうにも関わらず
最終的には「子供を生むということはすばらしいことじゃないか」と考えたということ。
15歳である女の子も中絶をしなかったし、
しっかりと顔をだして取材に応じているところが本当に本心から出産を望んでいたことをあらわしているとおもいます。

お金やなんかはどうすんだなんていう日本人のケチくさいこと言う人もいるのかもしれませんが、
んなもの行政が年100万くらい支払えばいい。
通例とか普通ってものに流されず二人で決断をした彼らは賞賛されるべきものだからです。
もちろんこれが「普通」になったら具体的に助成的なものを考えないといけないけどね。


すばらしい家庭を築いてほしいとおもいます。

瞑想身体。


たまに、夜中ぱっと目が覚めて、
もう眠れないようなときがある。

そんなとき、でも心はとても静かで、
せめて行くような野心や、
劣等感や焦りとかそういう心情はなくなって、
ただぼーっとリビングから空をながめたり、
ココアを飲んだりする。

おきていて、目もひらいているけど瞑想状態みたいな。
決して自分でおこすことのできない、変な感覚。

無意識に身体が、普段常に持っている意識から
解放されようとしているんだろうか。

今日は3時間くらいしか寝ていないけど、
これから塾にいきます。

2009年2月12日木曜日

annma=mekura


オフィス北野の座頭市をみた。

これはね、すごい。
最後見た後すごすぎて笑いがこみあげてきた。
斬りあいものだからそれは当然あるんだけど、
要所要所にタップダンスやクラップとか
普通時代劇ものでは出てこない要素が浮くことなくちりばめられているのがすごい。
ただの時代劇ものじゃない、エンターテイメント化した昔を描いてる。
ミュージカル映画のような、
ダンサー・イン・ザ・ダークに似た感覚を思い出すけど、
特別うったえかけるものがない分非常に軽快。

スー
ぞあっ!!
ぱっ!!

ってかんじ。

2009年2月9日月曜日

働き方。


ある映画を繰り返し繰り返し見ていて思うのは、
人生の中で仕事をするペースについて。

この国では普通は18や22で社会に出て、65あたりまで働いてリタイヤするんだろうけど、
友人は35くらいまで勉強をして、それからこの間やっと独立していたり、
一方映画の中の彼は若いころに漁船に乗って以来あまり晩年までは働いていないように見えた。

どの道を通ったら幸せか確証はないけども、好きなことのための時間をとるためにはあらかじめ働いておかないといけないのだな。
ちょっと一時的に死に物狂いで働いてみようか。
3ヶ月はたらけば、2ヶ月くらいゆっくりできるんじゃないだろうか。
もともと浪費家なので貯金に意味を見出すことはないわけ。

ただ問題なのは、学業はどうなるということだけども、
うん、筆記は別に問題ないわけだ。設計課題があるというのがいままではネックだった。
でもあれは所詮学生の準備運動なので、僕が参加してやる必要があるのかと思い始めた。
それは建築への欲が消えたわけじゃなくて、おそらく濃くなった分もう設計課題であえて場所を与えられてアウトプットする必要がなくなったというか。
うまく表現できないね。

ここ1週間時間があってもやもやと考えたけれども、イイカンジに開き直れた気がする。
早速バイトに申し込もう。事務所にももどろう。

2009年2月7日土曜日

ディーナー&ディーナー展を見に行く。


最近どうも寝覚めが悪い。
後背筋が今朝から痛い。なぜだろう。

午後オペラシティで行われていたディーナー&ディーナー展を見に行く。
やはりヨーロッパでは増改築のプロジェクトのコンペも多いようで、
古典建築と現代建築がはっきりとした境界を持たず溶け合うように提案されていて非常に楽しかった。

新宿にて食事、ぶらぶらとして帰宅。

宇野求さんの「ストリートスマートな建築」を読み終わったがどうも釈然としない。
時代考察・観察は非常に優れていると感じるがそこからの提案が結局緑化や多様化になっているところがよくわからない。
もう一度読み返してみようと思う。
最近の若手の建築を「新純粋派」という風に表現しているものがあったのでこれももう一度みてみたい。

2009年2月6日金曜日

DETAIL JAPAN休刊


エアーマンが倒せない
これはすごいと思った。

DETAIL JAPANが今月で休刊になるそう。
建築雑誌の中では詳細を収めつつビジュアルもしっかりある、そんなある意味中庸な雑誌だったので、
僕はそれがよくて買っていたのだけれども、その中途半端さが廃刊の原因になったのだろうか。

休刊前最後の号では恩師・米田明と南泰裕さんの対談から始まる。
今回は比較的わかりやすい話口調ですが、ここからいくつか抜粋して考えてみたい。

・地域主義とインターナショナリズムは対立項ではないのではないか
・象徴の貧困
・身近に崇拝するものをみつけて、それに萌える日本人的感覚
・情報化による次元の低減、滑らかなサーフェイスの世界

そういえば今日友人と話をしていて、
比較的日本人は「普通」であることを肯定、重要視するけど、
じゃあ「あなたの洋服、普通だよね」とか「あなたの意見、普通だよね」っていうと彼ら(彼女ら)は怒るのはなぜだ?と。
それは矛盾だ。

2009年2月4日水曜日

先に書くけども


昨日INAX GINZAのギャラリーで内藤さんと佐々木睦朗の対談を読んだのですが、
そこにおいて最近の構造家とかつての構造家の間にある大きな違いはリダンダンシーのちがいなのだと書いていた。

解析技術の発達によって申請者と審査する人間の間に参考にする情報の乖離がうまれ、それは着眼点の違いになった。
それゆえに法規改正は実務側にとって一見不利なようにすすみ、現在にいたる。

今までは「これで安全であろう」という感覚を共有できていたものが、
今は解析技術の発達が人間の判断できる範囲をこえ、
それを判断材料とするために部材は人間の感じるものよりも細くなり、
それが細かい建築を発生させやすくする。

しかしそのエスカレートはつまり人間のわからない範囲でいつの間にか安全値を大幅に下回ることになり、リダンダンシーの低下が起こるということ。

リダンダンシーは建築で言うところ、その意味の中に「部分破壊から全体破壊へのつながり」を含むから、その低下は地震などによる思わぬ部分破壊(例えば基礎の一部分)から全体破壊へつながってしまう恐れがある。特に鉄骨による線材の場合限られた力を支えることしかできないから、その危険性がさらに高い。

では佐々木さんのやってる形態創生理論はどうなのかというと、
あれは自由曲面であるわけだけども、曲面はあらゆる場所が圧縮、引っ張り共に働きうるものだし、もともと複雑な曲面であるから多少壊れてもその力の分布を変えて持ち続けるんだ、とのこと。
そういえば確かにキャンデラのシェルは大胆な切込みをさまざまな場所に入れても50年近く持っているものがほとんどだし、トロハのシェルは第二次世界大戦の砲弾を受けて穴があいても多少ひずみが増える程度であったのだという。

リダンダンシーは一方的に「とりゃいい」というものではないけども、どうしても現在の建築家の意識に「細く、うすく、めだたなく」という意識が発生してしまうのは時代の傾向であるわけで、しかしそれは優先すべき事項なのかという問いをもう一度投げかけるべく、まずは構造家の意識に訴えかける内容であったと思う。

そういえばネルヴィの薄いRC板を使った橋も、実はまだけっこう余裕あるみたい。
彼いわく「装飾を施す必要がないのは真に美しさを知る意識を対象としているからであり、そこにおいて構造はその意識が感じえる最小限である」とのこと。
意識が感じる最小限>構造的最小限ってことですね。

2009年2月1日日曜日

白い犬とそしてワルツと。


起床後テストの勉強。
クノールのコーンスープはすばらしい。

午後から塾で授業、その後中学受験に向かう小学生の激励会。
これは中学受験の最高の状態だな、
もう去年と生徒の顔が違う。
これが勉強がつくる人間の顔か、と思う。

終了後池袋で友人と会食。
彼はなかなかいいやつだった。
生き方が僕とまったく違うと言う点で魅力的だと感じた。

明日は中学受験の校門激励に向かうので朝はやい。
早めに家をでてチョコを買わなくてはいけない。
カイロは渡すべきじゃないな。もう校門で渡してもしょうがないから。
自分が小学生のとき、受験会場でコートの内側に
えんぴつやら消しゴムやらチョコやらチュッパチャップスやらを
露出凶のようにンバーっともっていた先生がいたのを思い出した。

校門でなにやら渡すのは、
親が子供への心配を、その分だけみかんや大根や洋服やらダンボールに詰め込んで送るのに近い気がする。

2009年1月31日土曜日

ベンジャミン・バトン


ベンジャミン・バトン 数奇な人生を観た。

二人の男女が、
片方は老いていき、片方は若返っていく。

お互いの人生のちょうどすれ違う瞬間に最高の時間をすごし、
最後は若返った彼を老いた彼女が看取る。

気持ちだけでなく、人生がすれちがっていても人間は愛し合えるのか。
それがベースだったと思う。

素直だけど静かで繊細なものがたりと、
二人の時間の経過にともなう変化が印象深い映画だった。

2009年1月30日金曜日

絵を描くこと、雨の音。


大学近くの公園、学生は必ず通るとおりに、
去年あたりから写真や絵を飾った額縁が路上に置かれるようになりました。
写真愛好会みたいな人たちの写真や、
中学生の漫画研究会が書いた漫画などが1ヶ月ほど展示される。

今はひまわりがテーマなのか、それらしき絵を展示してあるのですが。
どうも気になる。

ほとんどの子がひまわりの種がびっしり詰まっているところを、
線をたくさん交差させて(♯をいっぱい並べたような感じで)表現している。

そういえば自分もこんな風に描いていたかもしれない。

しかしなぜこんなにもみんな♯を使って表現するのか。
それはつまり「そう表現するものだと思っているから」であるわけです。

実際にひまわりを見てみると、たしかにキレイに並んでいるんだけど、
それはグリッド上に並んでいるのではなくむしろ放射状に近い形で並んでいるのです。

これは完全に思い込みが観察力をなくしているんだなと、怖くなりました。

そういえばある外国人作家は子供のときお父さんに
「お父さん、雨がザーザーふっているよ」と言ったらその雨の中につまみ出され、
「本当にザーザーと降っているのか!?よく聞いてみなさい!!」と怒られ、
「お父さん、雨はジュビチャパチョパチョ(たしかこんな)と降っているよ」と言って家の中に入れてもらったそうです。

これはこうだと1対1対応で覚えてしまう、伝えてしまうことはよくあるのだけれど、
それが実は自由を奪ってしまうこともあるんじゃないかと思った雨の日でした。

2009年1月27日火曜日

文字をまとめてとじる。


テスト後友人と昼食、書店へ。
今月のa+uがルイス・カーンの住宅特集だったので、
「ああ、エクスナレッジムックぶりだな」と思い購入。

今月は建築技術が構造を特集として、
また建築ノートがスクール(?)特集なのでどちらもそのうち買いたい。

帰り際チェ・ゲバラの書籍に新刊が出ていたので非常に目をひかれたが
手持ちがなかったのでさっさと退散。

そういえば建築の書籍コーナーは本の閉じ方に統一されたものがないことに気がついた。
左綴じが建築技術・a+u・VA・和風建築・新建築・ディテール等々。
右綴じもいろいろ。
グラフィックやパソコン系はたいてい左綴じであることを考えると
右綴じは文章を、左綴じは絵を、ということになるのだろうが、
ちなみにゲバラの新刊は左綴じ、
8年前くらいにベストセラーだった「白い犬とワルツを」は右綴じ。
この本はすばらしかった、幼心に「こういう夫婦はいいなぁ」と思った。
鎌田さんやユウゴさんらwebデザイナーの共著「プロだから考えたこと」(ひどい書籍名!!)は左綴じ。しかし文章が主。

だからどうということはないけども。

帰宅後雑事、建築とまったく関係ないところでラジオ出演があるので原稿確認。

2009年1月26日月曜日

もろもろと。


先ほど小学校の学年会をやるのだとのメールがきた。
どうも僕が副幹事らしい

…なんで??

http://www.hibiya-patio.jp/theo/
テオ・ヤンセン展やってます。
風を食べて生きる動物らしき器械をみて、環境問題を訴えたいのだとのこと。
駆動から関節にいたるまですべてオリジナルのディテールで作り上げている彼は、
本当に能力と趣味と楽しみを、すべて仕事に向けられているのだなと感動しました。

大学生なのでテスト前なのですが、
とくにさしてやってない。
ちょっと最近この生活はよくない・・・。

2009年1月20日火曜日

モードチェンジ


携帯電話をだれもがポケットに入れられるようになった。

ディズニーランドが25周年をむかえた。

パソコンで本や日記や料理や天気や占いや、なんでもできるようになった。

平成10年生まれの子に出会った。

フロッピーディスクが消えた。

CDを買う人を目にしにくくなった。

車に乗ると小さなテレビが埋め込まれていた。

バスの到着時間が「あと~分」と表示されるようになった。

最近信号が薄くなったのに気がついた。

回数券を買わなくなった。

フィルムを現像しなくなった。

テレビ番組をパソコンで見られるようになった。

仮面ライダーのキックがすごくなった。

犬型のロボットペットが発売された。

エコという言葉が浸透した。


世界は現代から、さらに、
21世紀モードへと移行しました。

2009年1月17日土曜日

「僕は万能ではないけど、有能にはなれるかもしれない」


近頃米がやずやの十六雑穀です。

今日はセンター試験だったようです。
今年はじめてセンター試験のシステムを理解しました。
僕の担当した生徒さんたちも何人か受けてきたはずです。

さてさて、
近年中学入試における時事問題出題率が上がり、2007年には全私立のうちの
80%の学校が何らかの形で時事問題を出題しています。

その際問題のデータ引用はたいてい新聞からおこなわれ、
大手進学塾やそこから発行されるフリーペーパーでは受験生は新聞を購読するように強く推奨しています。

一方新聞の現在の率は全世帯のうち約70%であり、一見高く見えますが近年その数字は下がっているといわれています。
その背景には近年のインターネットの復旧によりわざわざお金を払って情報を仕入れる必要がなくなったことがあげられるわけです。

そこで各新聞社はペーパーメディアだけでなくデータメディア上で新聞と同じように配信をしようとしているわけですが、
しかしそこに新聞らしき何かを落としこめるのかと疑問を抱かずにはいられないわけです。
インターネット上ではポータルサイトを見るとわかるように情報がその大小にあまりかかわらず並列化され、
殺人事件と同じ文字で芸能人のブログが炎上とか書いてあるわけです。

新聞のデータメディアに対しての優位性というのはその情報のヒエラルキーをつけやすいことにあるはずであり、
それは広告なども含めた情報をひとつのページに目一杯詰め込むポータルサイトなどの作り上げ方、レイアウトとは一線を画すのであります。

となると受験において求められるのは、データメディアになれて多くの情報を閲覧する目ではなく、
アナログ体から得たヒエラルキーのついた情報を意識的に再構築、評価してさらに分析する目であるのではないかと思いつつ、ああ就活するならプレジデントとか読まないとなぁとか思っていたりするのであります。

2009年1月15日木曜日

日大は非常によろしい。


よく構造系のシンポジウムやってくれるからね。

起床後授業を1コマ受け、2コマ目は講師に断って
日大のシンポジウム「構造デザイン その8」を聴きに行く。

4人の講師陣の講演の後川口先生の講演が少々。
先日の法規改正による変化、普段は実務に付かれる3人からはいくらか文句が出るが、
講師陣の中に一人いた判定側である腰原さんは、
その判定をマニュアル化するためにももっと案件が必要なのだという。
しかし木造では通常コストが限られていること、
あるいはそうして判定や申請に時間をかけることで工期に遅れがでることが
許されない状況が多いため、
なかなか何百ページにも及ぶ計算書をつくって申請するということが
頻繁にはできない現状がある。とのこと。

しかしこうして改正を重ねるごとにグレーゾーンが白に塗りかわっていく様は
見方によっては少々小気味よくもあり、
しかし先のような事情により面白い建築が減っていってしまうのはどことなく寂しい。

川口先生の講演もあり、今日は構造の「あたりまえ」をもう一度見直してみようと
思える日だった。

2009年1月13日火曜日

折りたたみ自転車を探す。


昨日は成人式があった。
式典会場にていくらかの友人と立ち話。
イケナイ振袖マジックが発生していた。
後々かぞえたら全学年100人前後のうち35人ほどと会話をかわした。
夕方帰宅、もろもろ雑務。

+++
そして今日は1限で授業が終わってしまったため、
その後食事をして代官山へ。
ヒルサイドテラスを見て回る。

12時渋谷をぶらぶら、がてら前に事務所で設計が進行していた物件の敷地を見に行く。
まだ着工はしていない。
隣接したマンションができあがっていた。

13時半新宿へ。映画を見ようかと考えたが時間が合わなくてやめる。
15時半帰宅、もろもろの作業と片付けをすませ読書。

2009年1月10日土曜日

広告-コンセプトとコピー-


そういえばこのtipsは携帯からみれるんだろうか…知らないが。

さて、トヨタ自動車のsetteとホンダのライフ。
前者はCMにおいて「女同士で出かける」というシーンで車内の楽しげな様子を写し、
後者はCMにおいて車内に子供のゴリラが乗って笑っているというわけのわからないシーンを写す。

車を主婦同士で使うというシーンや、車にゴリラが乗るというシーンは一見いままでなかったように思われるが、さてその車はそれぞれ今までのものと違うのかといえば、たいしてかわったと思われるところはない。

これらのCMに共通するのは「親しみやすさ・親近感を持てるコピー」であるがそれと共に「おそらく車の設計コンセプトになりえない趣旨」をCMにおいてメインに持ってきていることだと思う。


逆に自分が好感を持てる広告としては安田生命とJTの分煙CMがあげられる。
安田生命は小田和正の「言葉にできない」をBGMに、いくらかの写真をスライドするというシンプルなもの。
JTの分煙CMは「身体はよけた、煙は当たった」などこちらもあまり動きのない、テキストと日常のよくある写真による構成である。

これらは先ほどのCMに対して一見構成が淡白すぎるように思われるが、
しかしそこには疑問が生まれない。

キャッチコピーを考えたとき、それはもちろん聞き手の心を「キャッチ」するものであるべきで、そこに気になるシチュエーションを持ってくることは自然に思われるが、
そかしそれが提案主旨をまったく反映しないものであるのはいかがなものだろう。
しかもそれがじっくりと見たときに「なんだ、普通ジャン」となってしまえばブランドネームに逆効果のはずなのに、ゴリラがわらってるって…ちょっと。

コンセプトはコピーではなく、コピーはコンセプトと同一である必要はないが、
ここにでる微妙なつかず離れずな距離をどう見極めればいいのか。

CMをほげらと見ていて考えさせられた。

ただ、
僕は建築ではあまりコンセプトという言い方自体を好まないししないので、
これはあくまでも広告についてのお話。

2009年1月9日金曜日

雪になりませんでした


英語でプレゼン用のグラフィック一枚作成。

生協で注文していた塾で使う用のホワイトボードマーカー届く。
おもったより小さかったがそのぶんかわいい。

年賀状送れなかった人に寒中見舞いを書きたいので図柄を考える。

2009年1月8日木曜日

ちょっとよくない


2月からドイツに行くつもりなので、
ドイツ語を勉強し始めたのだが、
なかなかに楽しい。

が、あんまり進みはよくない。


パネルらしきをつくると何をやっても広告のようなものになる。
なぜだろう。

2009年1月7日水曜日

いつのまにか冬が終わる


明後日から授業らしい。

いつのまにか20歳になって、

いつの間にか好きなことが変わったり

ナンをむさぼり歩いたりした去年だった。