2009年10月25日日曜日

準備1 言葉



近々今課題で行っていることでの思考をまとめるので、
その前に僕の前提としている諸条件を文章化してまとめておく。

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言葉はあやしい。

以前にも書いたけれども、話すときに使う言葉、特に伝えたいことがらを
表現するための言葉はしっかりと選んで発したい。

建築には多くの「特殊な言い回し」があるけれども、それらのうち、
流行によって生み出されてきた非日常用語には特に注意をはらっている。

それは「ゆるやか」であったり「多様」であったり「都市」であったり「コンセプト」であったり、そもそも「空間」や「建築」であったりする。
僕は以上の言葉を使わない説明を心がける。


僕は僕が考えた以上のことを考えていない。
当たり前の話だけれど、裏返せば「考えた以上のことを想起させる」ことを望まない。

もちろん実際に作ったものでそれが起こることを否定はしないけれど、
それでも自分がそこまで考えたかのように振る舞いはしない。
それは自分の成果ではなく、建築自体が持つ能力だと考えるから。


ざっくりと言ってしまえば、以上の言葉を言うことで、さも「いいもの作ったんです」風な解釈をされることを拒んでいる。いい例が「~な空間」といえば、建築の、特にアカデミックなところではそれがさも練りこまれたすばらしいものであるかのような聞こえになってしまうけれど、それは僕がつくりあげたイメージではなく、各人が接したメディアや経験に基づいた、その中での印象である。それは多くの人々の総体での成果であって、僕が発明したものじゃない。

また逆に、自分にとっても、何かをイメージさせる言葉で物事を考えてしまうことで、思考がそこに固定されてしまうことを避けたい。文字は考えを集約させていくのに最適だけれど、ときに自分の考えも拘束してしまうすごくも怖いツールだと考えている。


設計はあるところ「当たり前」の積み重ねでできると考えている。
敷地への立ち方も、開口のとり方も、動線のとり方も、細部の収め方も、計画の初段階におかれている(と考えられている)着眼や発見と同じ重要度でそれ以降がある。
そしてそれ以降の重要さを僕は多くの設計に触れたことで知れたから、その一部を特化して説明することに違和感を覚え、それをしない。説明をはじめたら分野やアプローチを飛びながら、とまらなくなる。

ゆえにどこも特化していなく、軸が無いように見える。あるいは細やかな説明によってひとのイメージを跳躍させないところに持ち込んでしまっている。それは気がついていること。

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