2009年1月30日金曜日

絵を描くこと、雨の音。


大学近くの公園、学生は必ず通るとおりに、
去年あたりから写真や絵を飾った額縁が路上に置かれるようになりました。
写真愛好会みたいな人たちの写真や、
中学生の漫画研究会が書いた漫画などが1ヶ月ほど展示される。

今はひまわりがテーマなのか、それらしき絵を展示してあるのですが。
どうも気になる。

ほとんどの子がひまわりの種がびっしり詰まっているところを、
線をたくさん交差させて(♯をいっぱい並べたような感じで)表現している。

そういえば自分もこんな風に描いていたかもしれない。

しかしなぜこんなにもみんな♯を使って表現するのか。
それはつまり「そう表現するものだと思っているから」であるわけです。

実際にひまわりを見てみると、たしかにキレイに並んでいるんだけど、
それはグリッド上に並んでいるのではなくむしろ放射状に近い形で並んでいるのです。

これは完全に思い込みが観察力をなくしているんだなと、怖くなりました。

そういえばある外国人作家は子供のときお父さんに
「お父さん、雨がザーザーふっているよ」と言ったらその雨の中につまみ出され、
「本当にザーザーと降っているのか!?よく聞いてみなさい!!」と怒られ、
「お父さん、雨はジュビチャパチョパチョ(たしかこんな)と降っているよ」と言って家の中に入れてもらったそうです。

これはこうだと1対1対応で覚えてしまう、伝えてしまうことはよくあるのだけれど、
それが実は自由を奪ってしまうこともあるんじゃないかと思った雨の日でした。

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