2009年1月17日土曜日
「僕は万能ではないけど、有能にはなれるかもしれない」
近頃米がやずやの十六雑穀です。
今日はセンター試験だったようです。
今年はじめてセンター試験のシステムを理解しました。
僕の担当した生徒さんたちも何人か受けてきたはずです。
さてさて、
近年中学入試における時事問題出題率が上がり、2007年には全私立のうちの
80%の学校が何らかの形で時事問題を出題しています。
その際問題のデータ引用はたいてい新聞からおこなわれ、
大手進学塾やそこから発行されるフリーペーパーでは受験生は新聞を購読するように強く推奨しています。
一方新聞の現在の率は全世帯のうち約70%であり、一見高く見えますが近年その数字は下がっているといわれています。
その背景には近年のインターネットの復旧によりわざわざお金を払って情報を仕入れる必要がなくなったことがあげられるわけです。
そこで各新聞社はペーパーメディアだけでなくデータメディア上で新聞と同じように配信をしようとしているわけですが、
しかしそこに新聞らしき何かを落としこめるのかと疑問を抱かずにはいられないわけです。
インターネット上ではポータルサイトを見るとわかるように情報がその大小にあまりかかわらず並列化され、
殺人事件と同じ文字で芸能人のブログが炎上とか書いてあるわけです。
新聞のデータメディアに対しての優位性というのはその情報のヒエラルキーをつけやすいことにあるはずであり、
それは広告なども含めた情報をひとつのページに目一杯詰め込むポータルサイトなどの作り上げ方、レイアウトとは一線を画すのであります。
となると受験において求められるのは、データメディアになれて多くの情報を閲覧する目ではなく、
アナログ体から得たヒエラルキーのついた情報を意識的に再構築、評価してさらに分析する目であるのではないかと思いつつ、ああ就活するならプレジデントとか読まないとなぁとか思っていたりするのであります。
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教養はやっぱ活字メディアから生まれるんだよね。
返信削除でも世界中の情報を提供するメディア側に問われるニーズは、その提供するスピードと量、正確性。
3点全てにおいて、今の新聞がインターネットに勝っているとは言いがたいし、じゃあ新聞に求められるものって情報質量のヒエラルキーだけなのか。
印刷にかかる時間と費用は、パソコンのボタン一つをクリックするそれとは比較にならないし、僕たちが今後、活字媒体から何を受け取るかが重要だという主張には大きく共感します。
情報の伝達速度、更新回数なんかは圧倒的にデータメディアの方が高いのは自明。
返信削除ではペーパーメディア、特にデータメディアが発達するまでは最速のそれだった新聞は果たしてその位置を奪われたのか。
それは例えば他の情報を見るためにクリックする必要がなく自然と目に留まるというところや、他にもラブレターかメールか的なところで何かしら他のものに対しての優位性保っているものはあるのだろうと思うよね。
使いこなし方っていうのもちがうんだろうしなぁ…。